このSSは、トパーズノベルズ公式サイトに掲載されたものです。
<秘蜜>
アベル・デルランジュは知っていた。
いま、この寝室の外で、聞き耳を立てている男がいることを 。
( 僕の妻を……ラシェルを、おまえのものにしてくれないか?)
それはアベルが、ギデオン・アズナヴールと 廊下で、夫婦の営みを盗み聞きしている男と交わした、密やかな取り決めだった。
こんな常軌を逸した提案を、ギデオンがすんなりと受け入れたのは嬉しい誤算だ。
(ギデオンもよほど、切羽つまっていたということか……)
アベルは、なにも知らされていないラシェルの、なめらかな太腿を両手で開きながら思う。
( あるいは、僕の気が触れたとでも思っているのだろう。当然だ。恋敵に自分の妻を寝取れと命じる夫が、どこの世界にいる……?)
結婚後のラシェルは、驚くほど美しくなった。
きめの細かい肌は、触れると手のひらに吸いついた。蒼い大きな眼は、いつも濡れた憂いを帯びている。
細くあるべきところは細く引き締まり、柔らかくあるべきところは柔らかい。尻は丸く肉感的で、張りのある胸は高く盛りあがり、乳首はちょうどいい大きさだ。
女の悦びを知り、さらに深い悦楽へと昇りつめようとする彼女は、アベルにとって女神のような存在だった。
だからこそ、背後にギデオンの影が見え隠れすることに、耐えられなかったのだ。
ラシェルの腿の間にある、湿った襞に触れながら、アベルは訊く。
「ここに、ギデオンのペニスが入ったんだろう? 何回、入れられた?」
「……いや……お願い、アベル……」
「何回、入れられた? 言って 」
ラシェルは、蒼い眼に涙を溜めて、かぶりを振った。
羞恥に染まった彼女の表情は、アベルの欲望を焚きつける。
「覚えていないくらい、何度もしたんだね ?」
やさしい口調で尋ねながら、彼はラシェルのぬかるんだ窪みに、指を二本差し入れた。
待ちわびていたかのように襞がうごめき、指を中へと誘い込む。
「ギデオンには、どこで、どんな風に抱かれたんだ? 服を着たまま? それとも、最初からぜんぶ脱いで、裸になった? きみは、ここを口で愛されるのが好きだよね。ギデオンも舐めたり、吸ったりしてくれた ?」
ラシェルは黙ったままだ。けれど、言葉で責められるのが好きなことは、よく知っている。
その証拠に、彼女の身体の中は、アベルの指が溶けてしまいそうなほどに熱い。欲情を示す透明な蜜がとろりと溢れ、指に絡みつく。
嘘をつけないラシェルの淫らな肉体が愛おしく、めちゃくちゃにしてやりたくなった。
アベルは、蜜壺に根元まで指を沈ませた。
手のひらをぐっと押しつけ、ラシェルの敏感な花芯を圧迫してやると、先をねだるように腰がふるふると震える。
手のひらをぐっと押しつけ、ラシェルの敏感な花芯を圧迫してやると、先をねだるように腰がふるふると震える。
「……続けてほしかったら、僕の質問にちゃんと答えるんだ、ラシェル。ギデオンには、どんな格好で抱かれた? ……服は? 着たまま? どこで? きみの部屋? それとも、どこかのホテルへ行ったのか?」
「……さ、最初は……服を、着たまま……」
「ふぅん。下だけ、脱がされたんだね。それで?」
「……口と、指で……快くされて……」
「どうやって繋がったの?」
「そのまま……後ろから……長椅子に、手をついて あっ、ん……っ」
「どこの長椅子で? 場所は ?」
アベルは、熱い襞に包まれた指を少し曲げると、ラシェルの《いい場所》に押しあて、擦るように動かした。
「あ、あっ こ、小屋の、中で……ギデオンと、畑の、葡萄を見てたら……雨が降ったの……それで……」
「ふぅ……まだまだ、続きがありそうだな。それから?」
深く息をついたアベルは、ラシェルの耳もとでささやく。
「 ああっ、……あ、脚を開かれて、椅子に座らされて……その、また、口で……」
「そう ここを、何度も口で愛されたんだね? きみの大好きなやり方で……」
意地の悪い責め言葉を吐くたびに、アベルの頭は醒めていく。けれど、彼の男の部分は逆らうように熱を帯び、硬く息づいていた。
肉体と感情が、完全に切り離されてしまっている。
均衡を崩した心を縫い留めている糸が切れるのは、もう時間の問題だった。
アベルは、ラシェルを近くの長椅子に押し倒し、ワンピースをまくりあげる。太腿のなかばまでのストッキング姿が、なまじ全裸よりも淫らに映った。
はしたなく開いた脚の間に顔を埋めると、花芯に唇を押しつけ、むしゃぶりつく。
舌先をとがらせて、包皮から顔をのぞかせた赤い真珠を弾くように愛でられるのが、ラシェルのお気に入りだ。
そうやって、たっぷりと愛したあと、唇で性器全体を覆って吸いあげると、あまりの快感に気を失いかけたこともあった。
アベルの髪をつかんだ華奢な手が、小刻みに震えている。
「ああ、アベル……、もう、だめ……、いく…わ……アベル !」
追いつめられた声で、ラシェルはアベルを呼んだ。
* * *
愛する女が、抱かれていた。自分と、おなじ貌をした男に 。
デルランジュ城の廊下にたたずみ、ギデオン・アズナヴールは、扉の向こうから漏れる快楽の喘ぎを聞いていた。
いったいどうして、こんな下品な、あさましいまねをしているのだ。おまえは女に狂って、理性も矜持もなくしてしまったのか どこからか、あざける声が聞こえた。
「そんなものが、なんの役に立つ……?」
毅然とした声で、彼はつぶやく。
矜持など、とうの昔に捨てている。心から愛した女性に拒絶され、見捨てられた男のプライドなど、どれほどの値打ちがあるというのか 。
なんの前触れもなく、その悪魔はやってきた。
肌寒さが残る、春の夕暮れどき ギデオンは、父親から引き継いだ画廊の窓辺に立ち、外の様子を眺めていた。
パリの街が紫色の帳を降ろしはじめ、通りに建ち並ぶ家屋に灯りが点るこの時間、独りきりになるのはつらい。
愛する者から見捨てられたのだという現実を、嫌でも思い知らされるからだ。
若く純真な美貌の画家がギデオンのもとを去り、しばらくして、異国の婚約者も離れていった。
(なぜ、こんなことになったのか……)
考えるたびに無力感に襲われる。
深いため息をつき、そろそろ引きあげようと、窓辺を離れたそのとき 。
入口の扉がゆっくりと開き、ドアベルが渇いた音を立てた。
あらわれたのは初対面の、だがギデオン自身が、誰よりもよく知っているはずの男だった。
立ち姿が美しい。
金髪に近いアッシュブラウンの髪、すっとした眦の蒼い眼 その虹彩のふちは、灰色に滲んでいる。少しめくれた上唇に、形よく整った鼻。
彼は、今日のギデオンとおなじ、黒いスーツをまとっていた。
「失礼。ギデオン・アズナヴール……?」
自分と瓜ふたつの男に、名前を呼ばれた。
奇妙な体験だった。
(ドッペルゲンガー)
ギデオンの脳裏に、とっさに単語が浮かぶ。
死を告げる分身 その姿を見た者は、ほどなく命を失うと言われている。
「突然訪ねて、申しわけない……その、折り入って話したいことがあるんだ」
ドッペルゲンガーがしゃべった。
たしか、『死の分身』は声を発することはないと、ギデオンは覚えていた。
「……どうぞ、お掛けください。ムシュウ ?」
椅子をすすめながら、名前を訊く。
「デルランジュ……アベル・デルランジュ。アベルでけっこうだ、ギデオン 」
眼の前で、自分自身が動き、話をしていた。
声までよく似ていて、あわせ鏡の中に入り込んでしまったようだ。
はっきりとわかる二人の違いは、髪型と髪の色、左眼の下の黒子だけ 。
眼を逸らしたいのに、逸らせない。
自分が生きてきた二十八年間の経験と記憶 それを、このアベルという男と共有しているのではないかと、ギデオンは奇妙な錯覚をおこした。
思い出したくない過去や、見ないふりをしてきた自分のすべてを、無理やりに暴かれていくような心地になる。
同時に、まわりの人間の眼に自分がどう映っていたのか そのありのままの姿を見せられると、これまで知らなかった自らの容貌の美しさに気づき、とまどい、アベルに対して不可思議な感情が芽生えてくる。
(彼は……僕の、半身 )
ギデオンは、めまいを覚えた。
その翌月 。
晴れてラシェルの夫となったはずのアベルは、蜜月のさなかに、正気の沙汰とは思えない話を持ちかけてきた。
「ギデオン……僕の妻を、抱きたくはないか ?」
憔悴した表情で、アベルは言った。
「彼女のことが忘れられないんだろう……? だったら、取り引きをしようじゃないか?」
暗い輝きを宿したアベルの眼から、ギデオンはまたしても、視線を逸らすことができなかった。
おなじ男として、彼の気持ちは理解できる。
妻が浮気をしている そんな事実かどうかもわからない妄想に苦しむよりも、実際に自分の眼の前で男に抱かれている姿を見るほうが、まだ救われるのかもしれない。
(それにしても……愛する妻を、わざわざ恋敵に差し出すとは )
尋常な状況ではなかった。関わらないほうがいいに決まっている。彼もろとも、狂気の淵に引きずり込まれるかもしれない。
(この男は、狂っている。あるいは、もう人間ではなくなっているのか……?)
危険だった。よくわかっている。けれど……。
悪魔の誘惑を退けるには、そのときのギデオンはあまりにも打ちひしがれ、絶望しきっていた。
* * *
神をも恐れぬ、あさましい所業だと知っている。
自分の選択が間違っていることも、誰にも理解されないであろうことも。
それでも彼女さえ ラシェルさえ手に入るのなら、地獄に堕ちても本望だと、ギデオンは思った。
「……もう、いや……やめて……」
「どうして? ギデオンには、舐めさせたんだろう?」
寝室から漏れる淫らな会話のあとに、ぴちゃぴちゃと、かすかな音がした。
ラシェルの秘所を、アベルが舐めているのだ。
唾液を飲み込んだギデオンの喉が、ぐびりと鳴る。
「あああっ! もう、だめ……! お願い……」
快楽を訴える女の悲鳴が聞こえた。
肌と肌が擦れあう音と、ため息が続く。
「ああ、アベル……、もう、だめ……、いく…わ……アベル 」
ラシェルの嬌声に、アベルの醒めた声が続く。
「また達くの? だめだよ、まだ……」
「あ、あ……」
わずかに開いた扉のすき間から、長椅子にうつぶせ、後ろから貫かれているラシェルの姿が視界に飛び込んできた。
思わず眼を逸らしかけたギデオンは、気持ちを立てなおし、彼らを見据える。
挿入されたアベルの昂ぶりが、ラシェルの身体に出入りしている様子が、はっきりと見えた。
(自分の分身が、ラシェルを犯している )
倒錯めいた錯覚が引き金となり、ギデオンの身体の中心に、一気に血液が集まっていく。
ラシェルの奥深くに、ペニスを埋めたかった。
そのとき、彼女は、どんな表情をするのだろう?
突きあげるたびに揺れる乳房を見たい。
柔らかい襞でできた蜜壺の、その熱い蜜が自分の睾丸や腿を濡らし、伝い流れていく感触を味わいたかった。
充血した牡の象徴が、ズボンの布を押しあげている。ギデオンは、自分の股間に手を伸ばしたくなる誘惑を、こぶしを握り締めることでかろうじて耐えていた。
ラシェルが、すすり泣くような声で訴える。
「 もっと……もっと動いて、アベル……突いてほしいの、奥まで……」
「こう ?」
アベルは熱くたぎった自身の肉を、ぎりぎりまで引き抜いては、最奥まで突き入れる動きをくり返す。
「あああっ!」
ラシェルがのけ反り、絶頂の悲鳴をあげる。
それが、合図になった。
(もう二度と、愛する人を失いたくない……)
ギデオンは眼を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
そうして、腕に力を込め、静かに寝室の扉を押し開けた 。
〈完〉
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